色々と書いていこうと思っています。
(以前のブログは消えてしまいました…)
ボイコット事件 その後
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    ボイコット事件 その後 10.
    英国と日本のダンス界の凋落
     
       数年前、英国の某元世界チャンピオンと、食事を共にしたことがありました。その時、「現在、日本のダンス界はスクール数が激減し、プロの選手もめききり減っていること、その上一般のダンスの愛好者も減少している」などが話題に出ました。
       その時、その元チャンピオンも、英国も今スクールの減少、主として子供達も含めて親もダンスから離れて行く人が多くなったこと、そして以前だったならば、ブラックプールの全英選手権など、英国人の選手だけで、百組を超えるプロの選手が参加していたのに今や十組程度に減少していること、成績も以前は英国が独占していた上位((特にプロ・モダン)等がイタリアやアメリカその他の外国勢に取って代わられつつあること等を話し、将来について憂いていました。
       二人の意見が一致したことは、もし、B.C.B.D. (British Council of Ballroom of Dancing) W.D.C.が面子に拘らないで、ロンドンで行われたオリンピックにダンスを加えることを真剣に行動していたならば、多分、参加できたであろうし、その頃だったならば英国の選手が金メダルを獲得、子供達もダンスに興味を持ち続けたことであろう、という事でした。
     即ち、両国共にダンス界のトップが「ダンスの未来が見えていない」ということが問題である、との結論に至りました。
     シドニーで開催されたオリンピックの開会式で、ギルキソン氏(元オーストラリア・チャンピオン)が振り付けたダンスをドレスアップした地元の選手が行進の周囲を踊って花を添えていたことが思い出されますが、各国が協力して「ダンスをオリンピックに参加させることが出来る様に努力するべき時ではないでしょうか?

     
    Posted by : shinodamanabu | 日本インターのボイコット | 11:10 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
    ボイコット事件・その後 9.
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      ボイコット事件・その後 9

      11月3日に、連盟を除いた「三団体とJ.B.D.F.を除名された西部日本」が、主催して挙行された「統一全日本選手権」が盛大に開催されました。
      このシリーズ(ボイコット)の最初に書いた通り連盟の「日本インター」は観客激減、大赤字になりました。

      それから5カ月以上が過ぎたにも係わらず、その責任を問う声が、未だ何処からも起きてこない事と会員への経過説明が何らなされていないのは、どうした事でしょうか。
      私も、表立って現執行部を非難することは避けたかったのですが、余りにも酷い対応と、その後の終結させるべき方策の無さに呆れかえり、その責任を心ならずも声高に追及して参りたいと思っています。
      当然、公益財団法人の「ダンス界出身者のトップの理事」事務局長、及び選手権の担当者が会員に対し、その経緯と責任を負わねばならない事は、どの世界でも当たり前の事でありましょう。
      私がインターネットからの情報や、当事者に直接会って話を聞いた限り、この民主主義国家である日本の公益法人である「J.B.D.F.」が、選手会との話し合いを充分にしていない事は明らかであります。
      若し、この様な重大な結末が予想出来なかったのであれば、組織を導き・牽引すべき立場に居る者の能力と先見性の欠如によるものであり [辞任] すべきであります。
      「執行部の全員を交代」と言いたい所ですが、少なくとも、西坂副会長兼専務理事、内田資格審議委員長、浅野 勉大会実行委員長、小久保総務部長、早坂事務局長らの処分は必然でありましょう。
      人によっては、裁判は勝てる(と弁護士が言っているから)大丈夫だ!と言っている人もある、と聞きました。
      西部総局や板垣個人の問題ではなく、また、勝ち負けの問題ではありません。
      西坂副会長が犯している「連盟規定の違反」の問題の方が、今後大きく連盟を揺さぶって行くことでありましょう。  (これも後に説明いたします。)

      この後、現副会長・専務理事、懲戒委員長(本人の発言・記録に摂ってある)の独断専行を公表し、責任を追及し他の若い人・新しい執行部により、選手会は元より、元西部・東部総局などと話し合い、連盟の指導員資格保持者による、初心者に対するセクハラ(人権侵害事件)等の解決にも尽力してして戴きたいものであります。
      (以下、一両日中に…)

       
      Posted by : shinodamanabu | 日本インターのボイコット | 20:36 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
      ボイコット 7
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        ボイコット事件・その後 7.
           
          
         文科省から、認可を下ろす条件として命じられた『8〜9総局への分割』について、私の職責でもある「東部総局内の各支局へのアプローチが「卑劣」とは何でしょうか?
           『卑劣』…の意味が判っているのでしょうか…『品性・行為の卑しく下劣なこと』(広辞典)
           『下劣』とは…『人柄や考え方が下品で卑しいこと(同じく 広辞典より)』
        以上の様に、西坂氏に「卑劣」呼ばわりされる謂れは、私には無い筈です。私の知人の弁護士は「当然、名誉棄損に当たるから裁判所に提訴なさい」といってくれましたが、同じ公益法人の上部団体の理事が、下部組織の東部総局の局長を訴訟しても、財団の名誉を傷付けるだけだ、と思って、引き止まったのであります。
        直接、話し会いをしたところ、10センチ四方程度のボール紙を引きちぎった様な小さな紙に、「真に申し訳ございませんでした。と氏名を書いたもの」を手渡されたのでした。皆さんは、どちらが「下劣」(人柄や考え方が下品)だと思いますか?
        今から思えば、この件と「公職選挙法違反」で提訴すれば、今日のトラブルは防げたのかも知れません。(選挙法違反は、私のホームページ(篠田 学のダンスがすんだ)で検索、左側の「ブログ」や「自伝」の下の方に『財団総局の改革』の中から「公職選挙法違反事件」「総局理事選任違反、通告書」などをご覧ください。
         
          東部総局の役員の方、今の状況を見て下さい。当時、総局の局長であり、連盟本部の方針に数多く逆らい、反対の先頭に立っていた者が、総局を定年になり、連盟本部の常務になり、誰が推薦したか知りませんが「副会長 兼 専務理事」となった途端に、今回の事件が起きたのですよ!
          この人間性!誰にも出来ることではありませんよね!この様な人には出て行って貰って、新しい新鮮で、協調性のある人達で公益財団を守っていって欲しいものです。
          公益法人として、連盟は、私が常務理事であった頃でも「助成金申請額」として、次の様な事業に助成を受けて、活動していたのです。(私が役員を辞める頃の事です)
         その年度の「助成金申請額は…1,317万円余り でありました。
        1.全国生涯学習フェスティバル(岡山)
        2.小中高校生ダンス全日本チャンピオンシップス(東京)
        3.全国国民スポーツダンスフェスティバル(秋田)
        4.11月のダンスの日
        5.学校学習創造支援事業
        6.ジュニア指導育成事業 など。
        今後、より以上に大きくなるでしょうし、物品販売や入場券などの税金も無くなる筈!
        これらを放棄して、昔の全国5総局制(任意団体同様)に戻るのですか?
        それがダンス界発展に繋がるとお思いですか?
          多くの先生方が書いている様に、公益財団又は公益社団は、取得する上で色々な条件が課せられるが、税の優遇などの他に、一番大きな事は、一般社団・財団と対社会的な信用度の違いだ、と言うことです。
        一般社団、一般財団は、誰でも一定の条件さえ整備出来れば自動的に認可されるが、公益社団、公益財団はそうではない。従って、将来、一般財団の名前で悪い事をする輩が出て来て、一般社団・一般財団の社会的信用が大きく低下する事態があるのではないか?等の指摘があります。
         
        Posted by : shinodamanabu | 日本インターのボイコット | 11:37 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
        ボイコット 6
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          ボイコット事件・その後 6.
             
            
          それでは、その「メリット」「デメリット」を、検証しながら今回の騒動で何が・誰が最も悪い行動を採ったのかを見つけて参りましょう。10年も過ぎると良く判ります。
           
           先ず、平成4年3月23日に、文部省から公益財団の認可を下ろす条件の第一が、「理事の半数は業界の人でも良いが、残りの半数は外部の有識者とすること」、を知らない人が多いのではないでしょうか。   
          公益財団として、業界の人間だけで諸問題を決定してしまうと、公益性よりも、業界の利益を優先させる結果となる事が予想され、認定の条件となっていたのです。
          もう一つは、当時は私も知らなかった事ですが、「なるべく早く5総局制から8〜9総局に分割すること」でありました。
          私が知ったのは、常務理事になってからでしたが、確かに、東部総局が全正会員の55%以上の会員を保持し、東北、甲信越、北関東、南関東に加えて沖縄までも東部総局とする1都16県を傘下に納めているのですから、誰が見ても異常でありましょう。
          私が常務理事兼資格審議委員長に任命されて直ぐ、齋野専務から「日本インターに日本体育協会の安西会長がお見え下さったお礼に行きたいのだが、一緒に行ってくれないか?」との声掛かりで代々木駅から渋谷方面に下がって行った所にある体協のビルに伺った時のことでした。お礼が済んだ後、隣室から出てきた方が、いきなり大きな声で「齋野君、君は未だ約束を守っていないではないか!」との凄い剣幕…。
          帰りに聞いたところ、「現在は体協の専務理事を務めておられる岡崎さんが文科省の担当課長として認可を下ろした時、出来るだけ早い時点で『8乃至9総局』に分割する事を約束していたのだが、東部と西部の反対で、今もって実現していないんだ。」との返答があったのです。
          「これは大変」と直ぐに、東北や北関東などに行き、可能かどうかを調査しました。東北6県などは、直ぐに「以前、独立を働きかけたが、総局の反対で実現できなかったとの事もあり、賛成だったのですが、後ほど、とても強い圧力が掛かって実現不能!」との回答が参りました。
          監督官庁の指針に逆らって、連盟の最高決議機関である理事会が「ハイ、ソウデスカ」では通りません。齋野専務と桜本常務も一緒に各地を説得に廻ったのですが、進展は無かった、と聞いてます。
          その時、西坂東部総局長から、他の4総局長宛に「篠田の名指しで、卑劣な行為」との公文書が送られたのです。公印の捺されたものを、ある総局長が、私にコピーを送ってきてくれたものでした。

           
          Posted by : shinodamanabu | 日本インターのボイコット | 17:24 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
          ボイコット 5
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            ボイコット事件・その後 5.
               
              
            私は現在連盟の事から全て手を引いた為に、この混沌としたダンス界の問題の真の中身が伝わって来ません。従って何も出来ないのが残念ですが、反対に外から眺めていると現在だけでなく、今後のダンス界の未来の危うさが見えてきて、心配です。
            既に老齢(昨年の暮れに80歳になりました)で、自ら行動をすることは難しくなっていますが、双方の意見を聞いたり、その調整や意見の隔たりを聞き取り、将来のダンス界の発展の為に良い方向へ向かう指針を提示する事等、何らかのお手伝いは出来ると思うのですが!
             
            西部日本、東部日本、選手会、ダンス連盟本部、など書いている事、言っている事、その他の物事の解釈など、皆、自分に都合のよい解釈と言い訳をしている様に見え、過去の公益法人として設立した時の経緯など知らないで、今後のダンス界の見通し等余り真剣に考えていないのでは、ダンス界に於ける自分達のポジションや組織さえ良ければ、後は全てどうでも構わない、とでも思っているかの様に感じています。
             例えば、4月末日に行われた東部日本ボールルームダンス連盟(以下「東部総局」と略す)の臨時理事会の議事録に、選手会の副会長の発言として「何故、そこまでして財団に残らなければならないのか理由をお聞かせ願いたい。」との問いに、千田副会長は「J.B.D.F.は我々が作ったと思っています。本当は取り戻したいので、くっついています。理事会で外部理事とダンス界の理事の半数の人達がくっつき自分達の思う様にしている。」との発言があり、石原会長も「千田先生が言った通り、我々が財団を作ったのに軒先を貸して母屋を乗っ取られた感じで僕らが出て行くのは非常におかしいと思っているからです。」といっているのです。本当にそう思うのでしょうか?事実を知っているのでしょうか?
             私も、当時、総局の役員として、他の総局の役員の皆さんと共にそのメリット・デメリットを論議し、枡岡局長や主たる担当を担った齋野先生が余暇文化振興会の佐野理事長の口利きで、文科省との折衝で出来あがったのが「財団法人 日本ボールルームダンス連盟」でありました。その当時の事を知っている人は何人居るのでしょうか?
             選手会にも経過を伝え、その他の総局も離反者を出来るだけ抑える為に、現在の形の5総局制を維持したのです。それでも、良いポジションを得られなかった者は「連盟」に反旗を翻し、新しく組織を分裂させていったことは未だ記憶に新しいことでありましょう。今回の問題が決着し、新しい組織が出来た時、又は、全てが包含された新組織が出来た時に、過去の歴史的な評価(財団を作って良かったか悪かったか)が業界内で定着することでありましょう。
             出来あがったものに対し、協力・発展に力を注ぐのは当然の義務であり、総局もその方向に進むべきは当然であります。その当時、各自選手達が「自分達が作った」と思う程の愛しさをこの財団法人に感じていてくれたのならば、大変に良い事でありますが、それを「我々が作った。軒先を貸して母屋を取られた。」とは良くも言ったり、と感心?します。この「公益財団」は、我々から現在の理事に引き継がれた様に、今後、今の総局の世代、選手を引退したばかりの新鮮な頭脳を持った世代、現在の選手へと確実に世代交代しながら向上して行く筈であります。 (以下、又、明日)

             
             
            Posted by : shinodamanabu | 日本インターのボイコット | 23:08 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
            ボイコット 4
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              ボイコット事件・その後 4.
                   
              「…坂根君、君はその様な事を言える立場ですか?」 「 … 」
              「現在、資格審議委員会は規定に則り、懲戒委員会のメンバーの選出をしており、2月の「スーパージャパン」の時に君が行った「審査員規定・第26条の不正」(審査員に選手依頼の行為))により、近日中にも「懲戒委員会」を開催する予定ですよ…」との趣旨の発言でした。この後、誰の発言もなく、会議は終了しました。
               この時期、本部と総局間では、いろいろな対立や厭な事が数多く発生しておりました。この審査員の不正問題もその一つです。
               正直言って、私は西坂、板垣、内田氏達より 坂根氏の能力を買っていました。 
              しかし、公益法人として財団は常に文科省や警察庁の担当者から「規定を整備し、規約に沿って運営すること」を ( やかま ) しく言われていたのです。
               懲戒規定の第18条には「何人も、会員に第3条第1号及び第2号の事実が有る時は、資格審議委員会に対し、懲戒の調査を請求することができる。」
              「資格審議委員会は、会員に懲戒事由が認められるときは、直ちに調査を開始しなければならない。」の規定により、会員からの告発により、調査をしたものであります。
               当日の当該部門の審査委員長を始め、東部総局だけで4名の審査員が「確かに頼まれました。」 との証言をI.C.レコーダーに採り、本人を連盟事務局に招致し真偽を糺したのであります。
               本人は潔く全てを認め、自ら「東部総局の役員(副局長)を辞任する」との発言があり、この悪しき慣習を断ち切る、一罰百戒  になればと問題を収めようとしたのですが…。
              平成17年7月に開催された総局理事会の議事録に、西坂局長があたかも「資格審議委員会が圧力をかけて書かせた。」との説明を総局理事会で行い、「総局としては理事であり会員であるのだから、むしろこうした圧力から守ってあげなくてはならない。」(板垣副局長)「本人が外部からの圧力により、理事の辞表を出さざるを得なくなったのは遺憾である。」(堀口広報出版部長)などの発言を載せ、総局理事会で議決する問題ではないにも係わらず、強引に副会長への復帰を図ったのです。
               総局で処分が出来ないのであれば、懲戒規定により「懲戒処分」を行う以外にありませんね!と西坂局長に告げたところ、4月17日に行われた「東日本の総会」の席上、突如として、「私の権限で副局長を解任し、本人からも辞職願が提出され受理した、」との報告があったのです。
               私が何故この様な昔の話を「今」持ち出したのか?他にも沢山あるのですが、この様な「先が読めない!規定も読めない人」を何故、連盟本部の副会長・専務理事に任命したのだろうか? ということであります。 (次回に続く)

               
              Posted by : shinodamanabu | 日本インターのボイコット | 19:29 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
              ボイコット事件 その後 3
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                ボイコット事件・その後 3.
                   
                前にも書いた如く、平成17年(2005年)3月19日に行われた「東アジア競技会日本ダンス代表選考会」では、考えられない様な結果が起きました。
                当然、選手も我々も大いに怒かったのですが、ダンスの将来を考えるとJ.D.S.F.にも大きなツケが廻ったことになります。
                  その年の東アジア競技会は、プロからは大竹組しか出場せず、翌年の大会からプロは一切出場しなくなった、と言うよりは、プロ・アマの交流競技会は行われず、アマチュアの選手では世界に太刀打ちできないことは明らかでした。 
                 他のスポーツ(ゴルフやテニスなど)の様に、日本オープンやその他の大会の様に、一流プロの中に入って闘うチャンスを逸してしまったのです。
                 テニスの 錦織 圭選手は、13歳の時に米国にテニス留学し、現在、世界中でその雄姿を見せています。又、ゴルフの 松山 英樹選手は学生の頃、オープン(プロと共に行う競技)に出場、優勝、女子の 勝 みなみ選手は、中学生でプロの競技で優勝。共にアマチュアの為、賞金はもらえませんでしたが、今後大きく羽ばたいて行くことでありましょう。その様なチャンスを日本のダンス界は失ったのです。
                 私が初めて英国のフロアーの上で、ビル・アービンやピーター・イグルトンと一緒に踊った時、自分達の横を音も無く、一陣の風が吹き抜けるように通り過ぎた滑らかで、大きな動きを想いだします。その様な体験を積み重ねながら自分達の踊りを作り上げていったものでした。
                 これは、日本にいて勉強しただけでは、到底身に付けられない貴重な経験でありました。
                 日本のアマチュアのトップクラスの選手が、プロのトップクラスの選手と同じフロアーで踊ることは、今迄経験した事のない効果として、特に若い選手にとって、後々大変に良い結果となって返ってくることでありましょう。
                 さて、話を元に戻しましょう。東アジア日本代表選考会を終わってから数週間後の事でした。
                 東部総局からの申し入れで、本部の常務理事会の数人と東部総局の正副会長による会合が開かれました。
                 総局は西坂局長を始め、他の副局長からも、何故、この様な競技会をJ.D.S.F.が呼んだ審査員にさせたか?その責任はどうするのか?ということでした。
                 中でも、口達者の坂根副局長は、谷堂組が自分の所の選手であったこともあり、その責任問題の追及は熾烈でありました。
                 それまで黙っていた私も「堪忍袋の緒が切れて」次の様な発言をしてしまったのです。 (次回に続く)

                 
                Posted by : shinodamanabu | 日本インターのボイコット | 13:10 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                ボイコット その後 2
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                  ボイコット事件・その後 2.
                     
                  私が今まで、誰にも話さなかったことを、この混迷している時期に表に出すことが良いのか、悪いかは正直に言って、現在、判断がつかないのですが…。
                  特にJ.D.S.F.と手を握ろうとしている連盟本部、及びB.D.J.にとっては、その関係が悪化する可能性もありましょう。しかし、それを乗り越えて両者が本当に日本のダンス界の未来の為、興隆の為に力を合わせて行動されるならば必ずや良い方向性が見えてくる筈です。
                   
                  今から約十年前の秋(多分11月頃)でした。J.D.S.F.から連盟に連絡があり、連盟の3階の奥の小さな会議室で、J.D.S.F.側から中野専務、山田総務担当常務理事が出席、連盟からは専務理事と私(資格審議委員長・常務理事)の合計4名により重大な内容を討議したのです。事務局の和田さんともう2〜3名の事務局員も居たと記憶しています。(何故、他の役員が欠席だったか判りません)
                  主題は、来年(平成17年)の11月の始めに行われる「東アジア競技会」にダンス・スポーツが初めて参加できることになったことでありました。

                  スタンダード・ラテン各種目に、各国は3組まで出場出来、選手は1人が3種目のみ出場できるとの説明でありました。(総合は無し)
                  東アジア競技会は、我々が主催している様な単なるダンスの競技会ではなく、J.O.C.が派遣する重要な競技であり、少なくとも七つのオリンピック種目を含んだ十二競技以内でしか実施しておりません。
                   そこに初めて今回ダンスが、正式な競技種目として参加出来ることになったものですから、一度でも何らかのミスがあれば二度と正式競技種目として取り上げられない事は明らかでありましょう。
                   また、日本の選手が大量のメダルが取れなければ、将来、オリンピック種目として採用されてもJ.O.C.は入賞を期待できない種目としてダンスに選手を派遣することは無い、と思われました。
                   どの様に派遣選手を決めるか、のところで議論になりました。連盟の専務理事は、「アマ・プロの競技会を行い、上位の選手を選ぶべきだ」との主張を譲らず、J.D.S.F.側は「J.D.S.F.の選手枠を作って欲しい」との主張でありました。
                   最初、2月の終りに行われる「スーパージャパン」の時、又はその前日に行われる前夜祭で行っては、と提案しましたが、石原組、瀬古組にJ.D.S.F.からも費用の補助を出してヨーロッパに留学させているのに、3月にならないと帰国しないとの事。それでは、6月の日本インターの時ではとの問いかけには、それでは選手の締め切りに間に合わない、との返答でした。
                   侃侃諤々 ( かんかんがくがく ) 、J.D.S.F.も自分達の組織がJ.O.C.に加盟しているのだ、との意識から、役員・選手共に自分達の組織から派遣させたい、との気持ちも判ります。
                   そこに、何時来たのか知らぬうちに静岡の鵜飼外国渉外担当のJ.D.S.F.の役員が、我々の頭の上から、大きな怒鳴り声で専務理事とやりあい始めたのです。
                   通常、遅れてきたのであれば、自己紹介・遅れた事情などを謝ってから座席について発言すべきものを、余りにも酷いマナーの悪さに先行きが不安になったことを覚えています。
                   私は、折衷案として、今回は最初であるから3組の選手の内、統一全日本の成績の上位者から2組、アマチュアから1組を選出し、その次の大会の為には、一年をかけてお互いに冷静になって良く議論をし、出場選手の選出方法を決定したならば如何でしょう。と申し上げたのですが、連盟の専務は自説を曲げず、競技会で決定するのだ、との主張を繰り返すのみでありました。
                   そうなると、J.D.S.F.が主催する、3月の幕張メッセでの競技会で決定する以外方法はなくなってしまいます。
                   私は、鵜飼氏の態度から一抹の不安がありましたが、あれほど酷い結果が出るとは思いませんでした。
                   私の50年を超える、現役・コーチャーとしてのキャリアでこの様な酷い結果を見たのは初めてであります。それ程、実力的には差が有ったのです。
                  (この後日譚 ( ごじつたん ) がありますが…また次回)
                   
                  Posted by : shinodamanabu | 日本インターのボイコット | 19:10 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                  ボイコット事件・その後 1.
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                    ボイコット事件・その後 1.
                       
                      
                    「日本インターナショナルダンス選手権大会」が、東部プロ選手会の委員会及び臨時総会の決定によりボイコットされ、旧東部総局及び西部総局のトップクラス選手の殆どが出場をキャンセルした事はご存知の通りであります。
                     選手権大会は案の定、観客も少なく盛り上がらない競技会となり、スポンサーや知らずに来場されたお客様の不興を買っただけでなく、3,700万円という多額の赤字(J.B.D.F.中村2号理事の文章より)を出す等、その責任は非常に重大、且つ言い訳が出来ない程の失態でありました。
                     それから3カ月以上が過ぎたにも係わらず、その責任を問う声が何処からも起きてこない事と会員への経過説明が何らなされていないのは、どうした事でしょうか。
                     私も、表立って現執行部を非難することは避けたかったのですが、余りにも酷い対応と、その後の終結させるべき方策の無さに呆れかえり、その責任を心ならずも声高に追及して参りたいと思う者です。
                    当然、公益財団法人の「ダンス界出身者のトップの理事」事務局長、及び選手権の担当者が会員に対し、その経緯と責任を負わねばならない事は、どの世界でも当たり前の事でありましょう。
                     私がインターネットからの情報や、当事者に直接会って話を聞いた限り、この民主主義国家である日本の公益法人である「J.B.D.F.」が傘下の選手会との話し合いを充分にしていない事は明らかです。
                     若し、この様な重大な結末が予想出来なかったのであれば、組織を導き・牽引すべき立場に居る者の能力と先見性の欠如によるものと思われます。
                     「執行部の全員を交代」と言いたい所ですが、少なくとも、西坂副会長兼専務理事、内田資格審議委員長、小久保総務部長、早坂事務局長らの処分は必然でありましょう。
                     人によっては、裁判は勝てる(と弁護士がいっているから)大丈夫だ!と言っている人も多い、と聞きました。然し、勝ち負けの問題なのですか? 西坂副会長が犯している「連盟規定の違反」の問題の方が、今後大きく連盟を揺さぶって行くことでありましょう。(これも後に説明いたします。)
                     
                    新しい執行部により、選手会は元より、元西部・東部総局、連盟の指導員資格保持者による、初心者に対するセクハラ(人権侵害事件)等の話し合いを継続して戴きたいものであります。
                    (以下、一両日中に…)




                     
                    Posted by : shinodamanabu | 日本インターのボイコット | 14:37 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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